東海道歩き(御油→赤坂→藤川→岡崎)

御油→赤坂

御油

前回の旅の終着点である御油駅から出発しました。

松並木

御油宿の西口だそうです。



赤坂→藤川

東見附跡

御油の松並木を抜けると、すぐ赤坂宿に入ります。
御油から赤坂は東海道の宿場町間で最も距離が短い区間です。

関川神社

芭蕉句碑「夏の月御油より出でて赤坂や」があります。
芭蕉御油と赤坂の区間の短さをディス(?)っていたようです。

本陣跡

赤坂宿は本陣3, 脇本陣1, 旅籠62件で人口は43番目の小さな宿場だったそうです。
本陣跡は見学できるようでしたが、朝早かったため入れませんでした。

高札場・問屋場

手前が高札場と問屋場の跡で、奥には休憩スペースがありました。

旧旅籠大橋屋

よらまいかん

休憩処があります。
中は無人でベンチがあり、壁には赤坂宿に関する資料などが掲示されていました。

長沢一里塚跡

江戸日本橋から77里目だそうです。

村社嶽神社社標

常夜灯があります。

この辺りの道は非常に綺麗でした。

常夜灯

1859年建立で脇に地蔵堂があります。

国道1号

国道1号と合流します。




そして、岡崎市豊川市の市境が現れます。

常夜灯

国道1号から再び旧道に入り岡崎市本宿の町を歩いていきました。
本宿の住所は丁番を持たないそうです。

ja.wikipedia.org

本宿陣屋跡


本宿駅

駅前に岡崎城のレプリカがありました。

本宿一里塚跡

江戸日本橋から78里目だそうです。

揚珠院


冠木門

国道1号と合流し、再び国道1号名鉄の間の旧道に入っていきます。

そして再び国道1号と合流します。
名残松が残っています。

山中御宮常夜灯

1833年建立だそうです。
遠目からですが、かなり大きかったように思います。

国道1号を並走して歩いていきます。

山中八幡宮

三河一向一揆で敗れた家康がここの洞窟に隠れたそうです。

藤川→岡崎

国道1号から再び分岐し旧道に入ります。

東棒鼻跡

藤川宿の東口です。

曲尺手も確認することができました。

加宿市場

当時は蔵が立ち並んだそうです。

本陣・問屋場

本陣1, 脇本陣1, 旅籠36で人口は東海道の宿場町の中で45位という小さい宿場です。

脇本陣跡・藤川宿資料館

資料館になっています。


関山神社常夜灯

西棒鼻

藤川宿の西口です。

十王堂

境内には芭蕉句碑があります。
藤川ではむらさき麦と呼ばれる紫の麦が有名らしく、それについて詠んでいます。

道の駅

真横に通っている名鉄線の踏切を超えると道の駅藤川宿があります。
団子等売っていましたが、人が多く断念しました。

藤川の一里塚跡

江戸日本橋から79里目だそうです。

藤川宿松並木

まっすぐ進むと松並木があります。

松は90本だそうですが、もっとあったように感じました。

東海道標石

松並木を抜けると国1と合流します。
しばらく国1と並走して歩き、再び旧道にズレます。
田舎道に東海道の標石があると、昔の人の気分になれてエモーショナルな気分になれます。

乙川

乙川に架かる大平橋を渡りました。
もともとは、旧東海道から架かっていたそうですが、現在では新道の方に架けられています。
乙川は前日の台風で荒れていました。

西大平藩陣屋跡

旧道から少しそれたところにありました。

庭で岡崎の街並を表現していました。

大平一里塚

江戸日本橋から80里目だそうです。

南塚は当時の原型を残しているそうです。

また北塚の跡には1934年建立の常夜灯と馬頭観音像が祀られている祠があります。

ガード下

車道の下を3回連続でくぐっていきます。


岡崎

冠木門

岡崎城下二十七曲がりの碑があります。
岡崎宿の東口です。

そして、岡崎宿を通る旧東海道にはこのように曲がりが27箇所あり、それぞれの曲がりに対して案内が出ています。

備前

1782年創業の老舗のお菓子やだそうです。

bizenya.co.jp

西本陣跡

岡崎宿は本陣3, 脇本陣3, 旅籠112で人口は東海道の宿場町の中で9位に位置する非常に大きい宿場町だったようです。

西本陣近くには、旧東海道や宿場町に関するキーワードを解説するモニュメントがありました。

今回の歩き旅は東岡崎駅を終点としました。